徒然なるままに2

~壁紙の歴史について~

 今回は、少し壁紙の歴史についてのお話をしてみましょう。      

 皆様は、近代の日本のインテリアはどの国から影響を受けていると思いますか?良く言われているのは明治、大正、昭和と日本の住宅のインテリアは欧州の影響が強いと言われていますね。

 壁紙の起源は諸説あります。

 元をたどれば紀元前の洞窟壁画からと唱えるケースも多いのですが、                          *中国の明(1368年~1644年)の時代に内装デザインとして壁に紙を貼って楽しむ習慣があり、訪れた宣教師によって壁紙文化がヨーロッパへ伝えられたという説。                            *一方欧州では8世紀頃からデザイン印刷された紙を文房具や壁面に貼るという行為が記録されているという説。                 *16世紀頃、製紙技術や印刷技術の進歩で「印刷された内装仕上げ材」としてヨーロッパ主要国で壁紙が普及し始めたという説。          *1509年にイギリスで作られたザクロ模様の壁紙「ケンブリッジフラグメント」が「世界最古の壁紙」という説(イギリスの壁紙歴史協会:https://www.buildingconservation.com によれば、イギリスで最も古い壁紙は、カーボンインクで印刷され、木箱やチェストの内側を裏打ちするためによく使用されていたため、「白黒」紙と呼ばれ、黒と白のザクロのデザインの破片が、ケンブリッジのクライストカレッジのマスターズロッジで発見された。 これらは 1509 年頃のもので英国最古の壁紙と考えられている。)。

 さらに、壁紙の定義を正確に解釈すれば世界最古の壁紙は日本の京都東寺に伝わる山水屏風であるという説。等々様々です。             

 この辺りの件は、インテリア文化研究では第一人者でもあるインテリア文化研究所「本田榮二」氏の著作「壁紙の歴史」(2018年11月初版)に詳細に著述されていますので是非ご参考にご一読ください。        

          (本田榮二著「壁紙の歴史」)

 さて、欧州の壁紙の歴史を知るうえで重要な場所は、フランスのリックスハイム(ミュンヘン西側フランスとドイツの国境近くの街)市にある「MUSEE DU PAPIER PEINT(壁紙博物館)」です。https://www.museepapierpeint.org/en/ 現在は閉館中(2024年2月時点)ですが、ここは世界最古の壁紙メーカーの1社でもあるフランスのZUBER(ズベール)社の一角にある博物館です。筆者も2018年に縁あって訪問しました。      (2018年リックスハイム美術館前にて)

 ここが素晴らしいのは、博物館の常設展示は、1階の製造プロセス説明の部屋と、2階の8 枚のパノラマ壁紙展示室で構成。1階は壁紙の製造プロセス、紙の製造、色、下地処理、版木印刷、彫刻ローラーや凹版印刷による印刷機械、エンボス加工、植毛加工などを紹介。2 階にはZUBER社の独創的なデザインのパノラマ壁紙を展示しています。              

      (リックスハイム美術館・説明パネル・展示機械)  

 是非、興味のある方はホームページ等を参考にしてください。ここには「壁紙の簡単な歴史」というページがあり、以下のように記されています。「パピエペイント(塗られた紙)というフランス語の名前にもかかわらず、壁紙は塗装されていない。18 世紀以来、手工芸品として始まったプロセスを使用して印刷されてきたが、19 世紀の機械化を経て工業化された。もともとは16世紀に中国から輸入されていた紙に手描きされていたが、一方ヨーロッパではドミノ紙も製造されていた。これらの紙はブロックプリント(木版印刷)されてパターンの輪郭を加え、絵筆またはステンシルを使用して色付けされる。この紙は様々な用途に使用された。最初は壁を飾るため、ほかに家具や箱、本の表紙を飾ることも。18 世紀初頭、イギリスでは、印刷する前にシートをつないでロール紙にして印刷を開始。これが今日、私たちが知る壁紙の誕生です。1830 年代に連続ロール紙の使用の普及により、ロール製造の機械化が可能となり多くの印刷機が開発され、蒸気で駆動されるようになりました。1860 年代以降、大量生産が可能になり生産コストが下がり、19 世紀末には質素なインテリアにも壁紙が使用されるようになった。」   と記されています。

 そして、実際に1階の展示場の最終ゾーン「21世紀の壁紙」のコーナーパネルには「20世紀から21世紀への壁紙はデジタルプリント印刷に進化する。」と記載されてインクジェットプリンターとそのプリンターで印刷された壁紙の現物が貼付けてあります。                   

    (リックスハイム美術館:21世紀の壁紙説明パネル)  ちなみに、欧州でデジタルプリント壁紙の初めてのお披露目となったのは、2009年の1月にドイツのフランクフルトで開催されたハイムテキスタイルにおいて、壁紙メーカーのエアフルト社のブースで、エプソンのGS6000(欧州では2008年に発表。同社の第一世代低溶剤インクジェット大判プリンター。CMYKLcLmOrangeGreen/8色仕様)というエコソルヴェントインク仕様の大判インクジェットプリンターが展示されて、エアフルト社のフリース壁紙に印刷して展示デモンストレーションを行ったのが最初です。

 日本で2000年に世界で初めて発表されてから9年後。米国で2002年にお披露目されてから、7年後の事でした。

 欧州においては、インクジェットプリンターも前述の通り進化する印刷機のひとつの種類なのだということを何よりこのパネルが物語っているのです。いやはや壁紙も奥が深いですね。#デジタルプリント壁紙 #壁紙の歴史 #インクジェット壁紙 #インテリア

 

徒然なるまま

アイエスジー文化研究所の小島です。今まで、そしてこれからを考えながら気ままに書き記していきたいと思います。よろしくお願いします。

以前より、業界新聞に連載をしておりましたが、新聞の初回記事からの抜粋を記してみます。

*******************************************

小島です。本号から数回、話題のデジタルプリントインテリア商材のお話をします。今回はデジタルプリント壁紙のお話しです。

1)デジタルプリント壁紙の誕生  

 皆様は、デジタルプリント壁紙は2000年に世界で初めて日本で誕生したのをご存じでしょうか。

 当時世界最速の油性インクジェット:オリンパスPJ3600(1㎡/4分の生産能力:2021年現在の大判プリンタの実仕事・リアルジョブ速度は3㎡/時間~25㎡/時間程度が実際の仕事スピードですが、当時の油性顔料インクは速乾で、15㎡/時間は驚異的な生産性でした。2001年にはXpress2という倍速:1㎡/2分=30㎡/時間のプリンタにさらにグレードアップ。)を使用して壁紙のサンプル帳用見本を作成するというコンセプトが始まりでした。

 確かに、壁紙のサンプル帳が2千円-5千円/冊程度の原価で10万冊以上作成しても、壁紙の柄によっては無駄になり売れない製品も多く出るため、この発想は今でいうSDGsに則った考え方でした。その後、デジタルプリント壁紙作成システムとして特許を取得。市場展開をすることになりました。

2)デジタルプリント壁紙発表当時:2000年代初期のエピソード

 世界初のシステムにはいろいろとエピソードがありました。

    • エピソード1:業界誌の反応

 当時発行部数No.1の業界紙編集長宛に意見を聞きに訪問。開口一番「こんなモノ売れる訳が無い!」とけんもほろろ。ところがその後1日かけて編集長が独自に市場調査。その結果「前言撤回。これは売れる。将来の可能性を秘めたシステム。」とのお墨付きで一面トップに掲載。

(2000年11月5日号 総合報道誌)

    • エピソード2:国内大手インテリアブランドメーカーの反応

 営業担当であった私は最初にサンプル壁紙を大量に作成して、大手ブランドメーカーに紹介。窓口の担当者はすぐに「面白い」と上申しましたが、当時のトップの回答は「NO!こんな価格の高い壁紙は日本では売れない。」との反応。

 当時、末端の販売設定価格は、デザインと数量によって1万円~2万円/㎡としていたそうですが、当時は、1990年代半ばまでのバブル崩壊後にデフレーションが発生。その克服が国内で重要な経済課題だった頃で、安くなければという当時のトップのコメントはうなずけますが、本当に落胆し途方に暮れました。 

 もっとも、20年後の2021年現在、当時のインテリアブランドメーカーも含めて日本のみならず世界中のインテリア系メーカー・ディーラーが、挙って当然のようにデジタルプリントインテリア商材を発売している現状を見ると、20年前に誕生したデジタルプリント壁紙には画期的な先見性とポテンシャルがあったということに他なりません。

    • エピソード3:米国国内の反応

 とはいっても途方に暮れているわけにもいかず、いろいろと伝手を頼り、海外に活路を求めます。

 2002年からアメリカ国内の展示会に出展。結果、来場者の反応は日本国内と全くの正反対でした。

 最大の展示会NEOCON(毎年6月シカゴで開催)に2003年に出展後、導入先が増加。(米国での展示会風景:当時は、大判のインクジェットプリンターで壁紙を作成するということが非常に珍しかったようで、黒山の人だかりでした。)(2002年3月6-9日dpi展)(2003年6月シカゴNEOCON展示)

 この展示をきっかけにして、米国大手化学メーカーの営業部長もこのシステムを導入してプリントショップを開店。さらに翌年からあちこちでインクジェット壁紙が普及。2000年当時の日本とは正反対。今、あらためてしみじみと思うのは米国は新しいモノを受け入れる基準が日本と違っていたということです。 (米国デラウエア州のデジタルプリント壁紙ショップに導入)   **********************************************

 今思うと、当時は本当に無手勝流、無謀な挑戦をしていましたが、多くのことを学ばせていただきました。